2013年12月14日土曜日

第三幕 風立ちぬ 宮崎駿

風立ちぬ 宮崎駿監督 2013年



あらすじ

宮崎監督の遺作となるかもしれない「風立ちぬ」。数々の名作を生んだ宮崎アニメのうちでも、実在の人物をモデルとした異色の作品です。またタイトルも堀辰雄の同名小説からとられています。

主人公の堀越二郎は航空技術者として、戦時中に数々の戦闘機を設計した人物。映画は彼の航空機にかける情熱と、ヒロインとの悲恋をからめて描きます。

実在の堀越二郎は1903年、群馬県藤岡市に生まれ。東京帝国大工学部航空学科を首席で卒業。減殺の三菱重工の前身である三菱内燃機製造に入社します。軍部の要請に応じて、数々の戦闘機に携わりますが、その名を後世に残すことになったのが零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の設計でした。
戦後は三菱重工の参与、東京大学宇宙航空研究所講師、防衛大学校教授などを歴任。1982年1月11日、78歳でこの世を去りました。

一方、堀辰雄の小説「風立ちぬ」は作者の代表作。重い結核に冒された婚約者と「私」が、死の影におびえながらも、美しい高原で、残された時間をともに生きるといった物語。映画「風立ちぬ」のヒロイン「菜穂子」とも重なります。

宮崎版「風立ちぬ」は、堀越二郎の人生と、堀辰雄の「風立ちぬ」のヒロインを織り交ぜられています。


ヒットの理由

①作品のきめ細かさ
アニメーションの技術力にかんしては、あらためていうまでもないかもしれません。妥協を許さない、映像表現こそが、アニメ映画の生命線。手抜きがあれば、映画は説得力を失ってしまいます。

②ストーリー
航空機の設計に一切の妥協を許さない堀越二郎。そこにはアニメーターとしての宮崎監督の生き方が投影されているのかもしれません。

堀越二郎は至上の戦闘機をつくることにありたっけの情熱を注ぎ込みます。妻が重い結核におかされていようとも、仕事の手を休めることはありません。

そしてゼロ戦の完成をみます。
ところが、このゼロ戦の完成によってなにをえたか。代償のほうが大きかったのではないか。戦争によっておびただしい人の命が犠牲となり、国土は荒廃。そして愛する妻も、二郎のもとを去ってしまいます。

宮崎監督はおそらく二郎の生き様と戦争に、現代日本の姿を重ねたのだと思います。
それはわれわれの3・11、東日本大震災の記憶と重なるとはいえないでしょうか。
犠牲者は1万5000人にのぼり、いまなお多くの人が避難生活を強いられています。
たしかに天災は人の力では防げません。その一方、福島第一原発事故はわれわれが育て上げたテクノロジーが招いたともいえます。二郎がつくりあげた夢の戦闘機が、多くの人の命を奪ったのと同じように。

二郎はイノセントな存在です。人を殺めようと思って戦闘機を設計したのではありません。
航空技術が多くの人を幸福にすると信じて、飛行機作りに没頭する。結果的に、彼が善意で情熱を傾けたことが、多くの人を不幸に陥らせてしまいました。

一方の菜穂子も純真無垢なヒロインです。本当は二郎からもっと愛情を注いでほしい。
ところが彼の情熱の向かうさきは雲の向こう。そんな夫の足手まといにならないように、また病で衰えゆく姿を見られないように、人知れず姿を消してしまいます。そこには利己心のかけらもありません。

二人の生き方は理想形でもあり、救いともなる一方で、自らを省みざるをえません。
まず、利己心を捨てて愛するもののために尽くすことの困難さがひとつ。
そして、彼らのような純真で情熱と才気にあふれた人たちを、戦争という邪悪な目的に従わせようとすると、想定外の不幸を招いてしまうということ。

軍部=悪、国民=被害者という単純な決めつけが、どこまで許されるのかという問題点はありましょう。一方で、「風立ちぬ」がさまざまな思考を呼びさまし、議論をもたらす作品であることも事実だと思います。

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